日本仏教 天台宗_最澄がもたらした新しい思想 時は、平安時代 「奈良仏教」の腐敗堕落ふはいだらくが 国を圧迫していた。 第50代:桓武かんむ天皇は 平安京(京都)に都を移し、 奈良の寺院が京に移転することを 禁じ「奈良仏教」を断ち切った。 そして、 行き詰まった政治の立て直しを ある一人の僧に期待した。 最澄である。 最澄は 遣唐使として中国に渡り 当時最新の仏教...
日本仏教 空海_弘法大師伝説、その波乱な生涯 空海が 日本にもたらした 本格的な密教。 それは 今までの仏教とは、まるで違うものだった。 いったい空海は どうやって密教と出会えたのだろうか? そして、 平安二宗の もう一人 偉大な僧・最澄さいちょう 彼といったい何があったのか? 数々の伝説をうんだ 超人僧 空海 今、その物語が始まろうとしている。 生うまれ生れ生れ...
仏教 真言宗_密教の祈禱”護摩とは”、大日経とは 今までの大乗仏教では、 ブッダの教えが文字で記されたものであった。 これを 「顕(あき)らかな教え」という意味で 顕教(けんぎょう)と呼ばれている。 ところが 空海が開いた真言宗では、 文字で表現できない秘密の教えで 密教(みっきょう)という。 文字は、インド語の梵字(ぼんじ)、 そして 大日如来を中心とした宇宙の真理...
日本仏教 親鸞の教えの極意!教行信証と悪人正機説 何故!親鸞は、 「浄土三部経」とくに 『無量寿経』を重要視したのか? それは 浄土真宗の根本聖典とされている 『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』 で明らかにされているという。 そして、何故 『悪人正機(あくにんしょうき)』では 罪を犯した悪人でも、 浄土での往生(おうじょう)が可能であると 説いたのか? ここでは、...
日本仏教 臨済宗_明庵栄西その公案と茶道、十五寺派 禅とは ブッダが悟りを開いた坐禅によって 人間が本来もっている仏性を 追体験しながら、目覚めさせる教えである。 理論ではなく すべて経験なので 師は弟子に以心伝心によって 教えを伝える。 そのための手段として 坐禅だけではなく 公案(禅問答)などがある。 また 明菴栄西は 喫茶の法を普及させた。 その伝統は 一休さんや...
日本仏教 日本仏教の流れ(歴史)と現在の宗派 現在、日本の仏教宗派は13宗です。 なぜ、日本にはいくつもの仏教宗派があるのでしょう? それは、日本人が大陸から伝来した仏教を、 そのまま日本人の思想にしたわけではないからです。 そこには、日本人の個性的な考え方や、 独自の理解が形成され、それを生かしたからなのです。 しかし、そもそも 何故、日本人は仏教が必要だったの...
日本仏教 曹洞宗_道元の正法眼藏と只管打坐、即心是仏とは 曹洞宗の開祖 道元は ただひたすら坐禅に打ち込む 『只管打坐しかんたざ』 を実践とした。 この『只管打坐しかんたざ』に 専念することによって 身も心も一切の束縛から 解き放たれる瞬間が 訪れるとされる。 この瞬間を 『心身脱落しんしんだつらく』といい 悟りの境地とした。 また、 曹洞宗の教えとして 「修証義しゅしょうぎ...
日本仏教 日蓮宗_唱えよ南無法蓮華経、そして四大法難 「諸経の王」と呼ばれる 最高の経典。 『法華経』 それは、お釈迦様が 晩年に、これまでの説法をまとめた 集大成で、究極の真理とされてきた。 「日本仏教の母」天台宗でも 『法華経』を最高の教えとしている。 日蓮宗の開祖 日蓮は 末法の世にこそ この『法華経』によってのみ 人々は救済されるとし 「南無妙法蓮華経なむみょうほ...
日本仏教 律宗_鑑真の苦難と天平の甍、そして四分律 授戒じゅかい、それは(戒律) 「お釈迦様の教えを守って生活をします。」 と誓い、授さずけてもらう名前(戒名)のこと。 聖武天皇しょうむてんのうは、自みづから授戒を受け 仏法によって 天変地異や内乱などから 国家および天皇を護まもり、 社会を安定させたいと願う 鎮護国家ちんごこっかを 心の拠り所としていた。 しかし、 今...
日本仏教 華厳宗_聖武天皇と光明皇后の平和の祈り 『華厳経けごんぎょう』 それは、 仏になったお釈迦様が さとったままの言葉で 人々に最初に説かれたもの。 その内容は 衆生(しゅじょう)には まったく理解しがたいもので 難解なお経といわれてきた。 しかし、 この『華厳経けごんぎょう』を 中央集権的な思想として活かした人がいた。 聖武天皇しょうむてんのうである。 それは...
日本仏教 浄土真宗_非僧非俗の親鸞と真宗十派 「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」 を唱えることによって 浄土(じょうど)に 往生(おうじょう)できるとした 浄土宗の開祖・法然(ほうねん) その弟子の親鸞(しんらん)は 往生のきっかけを「信」におき、 阿弥陀仏(あみだぶつ)を信心したときに、 すでにその人は往生(おうじょう)し、 成仏(じょうぶつ)できると説いた。 ...
日本仏教 浄土宗_法然の極楽浄土で生まれ変わる南無阿弥陀仏 平安末期から鎌倉時代初期まで 「仏教が衰え、世の中が乱れる」という “末法(まっぽう)思想”が日本中に広まっていた。 これを憂(うれ)えた法然(ほうねん)は、 出家者でなくても、誰でもが ”阿弥陀仏(あみだぶつ)”の誓いを信じ、 それにすがることによって死後、 浄土(じょうど)に生まれて さとりを開くことができるとする...
日本仏教 黄檗宗_隠元と黄檗の梵唄、普茶料理 中国の 黄檗山万福寺おうばくさんまんぷくじを 日本にもたらした 隠元 彼の教えは、 坐禅行(ざぜんぎょう)だけでは なかった。 往生(おうじょう)浄土や念仏などの 浄土教教義 真言陀羅尼(しんごんだらに)などの 密教的要素 などを、あわせて説いていたのだ。 彼の誦経(ずきょう)は、 その独特な節廻(ふしまわ)しで 「黄...
日本仏教 融通念仏宗_良忍と十一尊天得如来と万部おねり ひとりの念仏は すべての人のためにあり、 すべての人の念仏は ひとりのためにある。 互いに融通し合って、 極楽浄土がかなう こう説いた 融通念仏宗の開祖 良忍 天台宗だった良忍は 比叡山を去り 凄まじい修行のはてに 融通念仏を唱えた。 良忍が唱える声明は 芸術的で邦楽の元祖だという。 それは一体どんなものだったのか?...
日本仏教 法相宗_三蔵法師が伝えた唯識論 道昭が中国に渡り 『西遊記』で有名な 玄奘三蔵げんじょうさんぞう の教えを受けて 日本で開宗した 法相宗ほっそうしゅう。 その教えは 心の深層を表す 『唯識ゆいしき論』であった。 現代でもベトナム人僧侶の ティク・ナット・ハン師が 唱えた瞑想法、 マインドフルネス として活かされいる その「唯識ゆいしき」とは インドの...
日本仏教 時宗_その踊り念仏の一遍とは 一遍が念仏を唱えながら全国各地を 布教のために遊行(ゆぎょう)して 歩いたところから “遊行宗(ゆぎょうしゅう)”とも呼ばれている。 開祖 浄土宗西山(せいざん)派 一遍いっぺん(1239~1289) 十歳で出家 法然の孫弟子・ 聖達(しょうたつ)の弟子となり 約10年の修行をした。 この期間 “浄土教”を学ぶ。 その...