
映画『階段通りの人々』は、
ポルトガルの巨匠
マノエル・デ・オリヴェイラ監督(当時84歳)
の作品で、
リスボンの貧民街「階段通り」を舞台に、
盲目の老人とその周囲の人々を描く群像劇です。
原題は『A Caixa』で、
「箱」あるいは「募金箱」を意味します。
実はオリヴェイラ監督は
演劇界でも巨匠なんですね。
作家プリスタ・モンティロは
演劇界のオリヴェイラに
期待してこの原作
(戯曲『A Caixa』)を書きました。
ところがオリヴェイラ監督は、
演劇より映画にしたほうがよいと考え
脚本を書いて映画化しました。
そして、
1994年のヴェネチア国際映画祭では
特別賞を受賞しました。
この映画の面白さは
劇中で起こる事件そのものではありません。
なぜ人は、
他人が少し豊かになっただけで嫉妬するのか?
そして、
善良に見える人間は、本当に善良なのか?
『階段通りの人々』は、
そんな人間の本性を、
ブラックユーモアと寓話的な演出によって
じわじわと浮かび上がらせていく映画なのです。
『階段通りの人々』はどんな映画?
舞台はポルトガルの首都リスボン。
映画のタイトルにもなっている
「階段通り」は、
坂と階段が入り組んだ貧しい地域です。
そこには、
盲目の老人、
その娘、
娘婿、
居酒屋の主人、
物売り、
娼婦、
若い不良たちなど、
さまざまな人々が暮らしています。
一見すると、
どこにでもありそうな貧しい街の日常。
ところが、
その街に暮らす人々の関心を
一身に集めている人物がいました。
盲目の老人です。
老人は通行人から施しを受けるための
「恵みの箱」を持っています。
そして、
この箱のおかげで以前より
少しばかり生活が豊かになった。
たったそれだけのことなのに、
周囲の人々は老人を羨ましがるようになります。
ここから、
街の日常が少しずつ狂い始めるのです。
『階段通りの人々』あらすじ

たった一つの箱から始まる悲劇
映画の冒頭では、
リスボンの階段通りに
暮らす人々の日常が描かれます。
夜警が帰り、
住人たちが起き出し、
通勤客が階段を行き交う。
街には居酒屋があり、
物売りがいて、
若者たちがたむろしている。

そんな街の中で、
人々の話題になっているのが
盲目の老人です。
老人は「恵みの箱」を持っており、

通行人から金を施してもらっています。
つまり、
老人は以前よりも少しだけ
「金を持っている」。
それが、
周囲の人々には
面白くありません。
「なぜ、あの老人だけが?」
そんな嫉妬が、
少しずつ街に広がっていきます。
老人の娘は
洗濯婦として働いていますが、
夫は遊び人。
彼女自身も
決して楽な生活をしている
わけではありません。
さらに、
居酒屋には若い不良たちや
さまざまな住人が集まり、
老人の箱をめぐって
不穏な空気が漂い始めます。

そして、
ついに事件が起こります。
老人の「恵みの箱」が
盗まれてしまうのです。
「犯人は誰だ?」から、
街全体が疑心暗鬼に
箱がなくなったことで、
街の人々は一斉に騒ぎ始めます。

誰が盗んだのか。
若い不良たちなのか。
老人の身近な人間なのか。
それとも別の誰かなのか。
誰もが怪しく見えてきます。
ここで
オリヴェイラ監督が面白いのは、
単純な「犯人探しの映画」に
していないところです。
箱を盗んだ人物を探す過程で、
むしろ浮かび上がってくるのは、
街の住人たち自身の欲望なのです。
老人が金を持っている
自分たちより少し豊かだ
だったら、
その金は
自分たちのものでも
いいのではないか
そんな歪んだ心理が、
人々の間に広がっていきます。
そして
疑いと怒りが頂点に達したとき、

ついに娘婿が
若者の一人を刺してしまいます。
一つの箱をめぐる小さな騒動が、
殺人事件という取り返しのつかない
悲劇へと変わってしまうのです。

そして物語は、
さらに意外な方向へ
娘婿は逮捕されます。
残された娘は、
父親である盲目の老人に対して
冷たい言葉を投げかけます。

そして絶望した老人は、
自ら命を絶ってしまいます。
ここまで来ると、
「なんて救いのない映画なんだ」
と思うかもしれません。
ところが、
オリヴェイラは
ここで物語を終わらせません。
冬が訪れた階段通りに、
今度は黒いヴェールをまとった
老人の娘が現れます。

彼女は
自分の不幸な境遇を記した石板を掲げ、
物乞いを始めます。
そして、
そこで得た施しを
人々に分け与えるのです。
すると今度は、
街の人々が彼女を
聖女のように崇め始めます。
このラストが、
『階段通りの人々』という作品を
単なる社会派ドラマでは終わらせない
重要なポイントです。
『階段通りの人々』が怖いのは、
「悪人」が出てこないから
この映画には、
典型的な悪役が
存在するわけではありません。

むしろ登場人物たちは、
どこにでもいそうな普通の人々です。
貧しい。
生活が苦しい。
自分のことで精いっぱい。
誰かが少し得をすれば羨ましい。
そして、
自分が損をすれば腹を立てる。
つまり、
彼らの姿は決して
「自分とは無関係な悪人」
ではありません。
ここに、
この映画の毒があります。
人間は極限状態に置かれたとき、
どこまで善良でいられるのか。
オリヴェイラは、
その問いを観客に突きつけます。

ポルトガルの紹介資料でも、
本作は
「幻想的で不条理なコメディ」
とされる一方、
貧しい人々の生活を通して
人間の弱さや社会の矛盾を描く作品
として紹介されています。
「階段」という舞台が、
この映画をさらに面白くする
『階段通りの人々』を観るうえで、
ぜひ注目してほしいのが階段です。
登場人物たちは、
常に階段を上り、下り、 行き交います。
これは単なる ロケーションではありません。
階段には、
- 上と下
- 富者と貧者
- 支配する側とされる側
- 天国と地獄
- 救済と転落
といった、
さまざまな意味を
重ねて見ることができます。

しかも、この映画は
プリスタ・モンテイロの戯曲を
原作としているため、
舞台劇のような濃密さがあります。
リスボンの狭い一角をひとつの
「舞台」にして、
そこにさまざまな人物を配置していくのです。
だからこそ、
街全体が一つの巨大な劇場のように見えてきます。
音楽にも注目したい
悲劇なのに、なぜこんなに美しい?
この映画を味わううえで忘れてはいけないのが、
印象的に使われる
音楽です。
劇中では、
さまざまな既存曲が使われています。
オリジナル・スコアで
全編を包み込むタイプの映画ではないからこそ、
既存の音楽が映像とぶつかったときに、
独特の効果が生まれています。
オープニングから音楽が強烈な印象を残す
まず注目したいのが、
映画冒頭の夜回りの場面です。
夜警が酔っぱらっいながら、
ヨロヨロと階段を上っていく。
その映像に重なるのが、
ロシア民謡として知られる
《ヴォルガの舟歌(Song of the Volga Boatmen)》。
この取り合わせが、なんとも不思議です。

階段を上る男の姿と
重苦しい音楽が妙にシンクロし、
まるで映画というより、
街そのものを舞台にした
演劇の一場面を見ているような
感覚を生み出します。
朝の雑踏に響く《剣の舞》
そして、
朝の通勤時間。
人々が階段に集まり、
混雑しながら行き交う場面では、
ハチャトゥリアンの
《ガイーヌ》第4幕「剣の舞」が流れます。

この激しく、せわしない旋律が、
朝の階段を行き交う人々の動きと重なると、
街の喧騒そのものが音楽になったかのようです。
《アヴェ・マリア》がもたらす静けさ
なかでも強く心に残るのが、
シューベルトの《アヴェ・マリア》です。
居酒屋で教授がギターを弾く場面などで、
この美しい旋律が響きます。

街では、
人々が嫉妬し、疑い、争い、
ついには殺人まで起こる。
そんな世界に突然、
《アヴェ・マリア》の祈るような旋律が
流れてくるのです。
ここで生まれるのが、
人間の醜さと
音楽の美しさとの強烈なギャップです。
《アヴェ・マリア》は
宗教的な祈りを連想させる音楽でもあります。
そのため、
悲惨な出来事が続く街の中で流れると、
単なる美しい旋律以上の意味を帯びてきます。
まるで、
罪や悲しみを抱えた人々を、
音楽だけが静かに見つめているように
感じられるのです。
さらに、
この曲は終盤にも印象的に登場します。
そのため《アヴェ・マリア》は、
映画の中で一種の祈り、鎮魂、
そして救済の気配を担っているようにも思えます。
老人の自殺後に流れる《時の踊り》
もうひとつ忘れられないのが、
ポンキエッリのバレエ音楽、
《時の踊り》です。

老人の自殺という痛ましい出来事のあと、
夜の階段通りにこの優雅で幻想的な音楽が流れます。
ここが、
この映画の音楽演出の面白いところです。
普通なら悲劇的な音楽を重ねそうな場面で、
流れてくるのはどこか軽やかで優雅な旋律。
そのため、
観客は悲劇を
悲劇としてだけ受け止めるのではなく、
少し距離を置いて街全体を眺めることになります。
さっきまで
誰かが死ぬほどの悲劇が起きていたのに、
街は動き続ける。
人々はまた歩き、
話し、生活を続けていく。
そこには、
人間がどれほど醜い争いを繰り返しても、
世界は何事もなかったかのように続いていく。
という、冷たい皮肉さえ感じられます。
ポルトガルの歌が街に生活感を与える
クラシック音楽だけではありません。
劇中では、
出演者でもある
ポルトガルの歌手イザベル・ルトが歌う

「A Gaívota」「Al a Vidas」
「Uma Mulher quando Caí」などの歌も登場します。
これらの歌は、クラシック作品とは異なる、
街に根ざした生活感を映画にもたらします。
娼婦をはじめとする庶民たちが暮らす階段通り。
そこにポルトガルの歌が流れることで、
物語の舞台が単なる「悲劇の舞台」ではなく、
実際に人々が生活している場所として感じられてきます。
華麗なクラシック音楽と、庶民的な歌。
その両方を同じ街の中に置くことで、
この作品は人間社会の多面性を浮かび上がらせています。
音楽は「現実を少し遠くから見る」ための装置
『階段通りの人々』の音楽を聴いていると、
ひとつの特徴に気づきます。
それは、
音楽によって現実との間に
わずかな距離が生まれることです。
嫉妬、欲望、貧困、暴力、殺人、自殺――。
描かれている出来事だけを見れば、
非常に生々しく、重い世界です。
ところが、その映像に
《アヴェ・マリア》や
《時の踊り》、
ハチャトゥリアンの音楽などが重なると、
現実が一瞬、
寓話や舞台劇のように見えてくる。
その距離があるからこそ、
観客は登場人物たちの悲劇に
飲み込まれるだけではなく、
「人間とは何なのか」
「この街で人々はなぜ争い続けるのか」
と考えることができます。
つまり音楽は、
場面を盛り上げるためだけのものではありません。
人間の悲惨さを少し遠くから眺めさせ、
そこにある「憐れみと残酷さ」の
両方を浮かび上がらせる装置なのです。
『階段通りの人々』をこれから観るなら、
ストーリーだけを追うのではなく、
ぜひ音楽にも耳を澄ませてみてください。
夜の階段に響く《ヴォルガの舟歌》。
朝の雑踏を駆け抜ける《剣の舞》。
悲劇のあとに流れる《時の踊り》。
そして、
街の喧騒を静かに包み込む《アヴェ・マリア》。
それぞれの音楽が流れる瞬間に注目すると、
この映画が描いている
「人間の醜さ」と「世界の美しさ」
の奇妙な同居が、
より鮮明に見えてくるはずです。
最大の見どころは、
ラストに待っている「皮肉」
そして、
この映画を観終わったあとに
最も考えさせられるのがラストです。
老人の箱をめぐって、
人々は争いました。
金を奪おうとし、
疑い、怒り、殺人まで起こった。
ところが最後には、
老人の娘が同じように
施しを受ける立場になり、
しかも彼女はその金を
人々に分け与えます。
すると今度は、
人々は彼女を「聖女」のように扱う。

ここには、
とても皮肉な構図があります。
金そのものが人を変えたのではない。
人間が、金をめぐって
勝手に欲望や善意を露呈したのです。
同じ「箱」が、
あるときには嫉妬と暴力を生み、
別のときには慈悲や信仰の象徴になる。
この反転こそ、
『階段通りの人々』の面白さでしょう。
まとめ
「箱」の中に入っていたのは、
お金だけではなかった
『階段通りの人々』は、
表面的には、
盲目の老人の募金箱をめぐって、
街の人々が騒動を起こす話
です。
しかし、
最後まで観ると、
それだけの映画ではないことに気づきます。
箱をめぐって、人間の嫉妬が現れる。
欲望が現れる。
暴力が現れる。
そして、その一方で慈悲も現れる。
つまり「箱」の中に入っていたのは、
お金だけではありません。
そこには、
人間そのものが
映し出されていたのです。
マノエル・ド・オリヴェイラは、
リスボンの小さな階段通りを舞台にして、
そこに暮らす人々の姿から、
社会全体、
そして人間そのものを描き出しました。
96分という比較的短い作品でありながら、
観終わった後には、

もし
自分があの街にいたら、
果たして
誰の味方になっていただろう?
と考えずにはいられません。
美しい音楽とユーモアに包まれながら、
じわじわと人間の本性を暴いていく――。
『階段通りの人々』は、
そんな「静かに毒の効いた映画」なのです。
そして、この映画を観るときはぜひ、
物語だけでなく、
階段を行き交う人々の表情、
沈黙、
そして突然流れ出す
音楽にも
注目してみてください。
そこに、
この小さな映画の
大きな魅力が隠れています。
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
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catch copy
アベ・マリアの調べが美しい
階段通りの街リスボンで
貧しさを楽しく生きる人々が
<恵みの箱>を天から授かった。
聖なる悲劇を前にして
人々の欲望が燃え上がる
世界の巨匠オリヴェイラが
「アブラハム渓谷」に続いて放つ
現代世界を描いた悲喜劇寓話の傑作!
Data
| 1994年 | ポルトガル / フランス |
| 脚本・監督 | マノエル・デ・オリヴェイラ |
| 原作 | プリスタ・モンテイロ |
| 出演 | ルイス・ミゲル・シントラ ベアトリス・バダルダ |
動画配信で見れない作品があるときは
Netflix、Amazonプライムビデオ、U-NEXT・・・
動画配信サブスクは、視聴できる作品が豊富です。
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(Netflix、Amazonプライムビデオ、U-NEXT)
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スタジオ・ジブリ映画
楽しいムーミン一家
キャプテン翼(1983年版)(2001年版)
国内ドラマ
噂の刑事トミーとマツ
リーガル・ハイ
ふぞろいの林檎たち
ゆうひが丘の総理大臣
西遊記 (1978年版)
出演者に不祥事があった作品
海外ドラマ
ミステリーゾーン
コンバット
特捜刑事マイアミ・バイス
ファミリータイズ
ナイトライダー
スパイ大作戦
映画
北野武監督作品
(最新作『首』以外)
伊丹十三監督作品
出演者に不祥事があった作品
マノエル・ド・オリヴェイラ監督作品
テオ・アンゲロプロス監督作品
張徹(チャン・チェ)監督作品
田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)監督作品
事実、
私が紹介している映画は、
ほとんどが動画配信サイトで見ることが
出来ない作品ばかりです。
また、
動画配信サブスクには
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見たい作品が意外と追加料金(レンタルや購入)になっている
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Wi-Fiで見ていると途中で読み込みが始まって見れない
スマホで見ると毎月の通信量の上限を超えてしまう
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